【コミック2位】『嘘つきは紳士のはじまり』松尾マアタ【砂糖】

嘘つきは紳士のはじまり (EDGE COMIX)嘘つきは紳士のはじまり (EDGE COMIX)
松尾 マアタ

茜新社 2010-07-23


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松尾マアタの初コミックス。おそらく「誰?」と思いつつ、絵柄に引かれて手にとった人が多かったのではないだろうか。個人的には、木原音瀬アンソロの挿絵で一目ぼれして以来、密かに待っていた単行本だった。
医学生のジョナサンと担当教授のポールの恋愛は、総じて駆け引きに始まり、駆け引きに終わる。ポールは、ジョナサンが病院から持ち出していた向精神薬を売りさばいていたことをネタに一晩の関係を要求し、一方のジョナサンも、「実はエイズなんです」とポールに意趣返しを仕掛けたりする。元々火遊びの関係である二人。浮気は当たり前という貞操観の持ち主の癖にやさしき妻と愛しき娘を有するポールに対し、ジョナサンは、心惹かれながらもさらりと別れを告げる。
発行元の茜新社といえば、アンソロジーOPERA」を擁し、basso中村明日美子ルネッサンス吉田などの「お洒落」な絵柄の漫画家の単行本を発行している。松尾マアタもやはり「お洒落」な絵柄の作家であり、描いていたものも「お洒落」な関係、「大人な恋愛」のように思えた。ポールとジョナサンの関係性はあまりにも曖昧で、そもそも恋愛といえるのかすら疑わしい。原因は明らかにポールの方にあるが、それは、成就せずに終わった学生時代の恋愛ゆえだったりする。不純なのも、一途でないのも、ポールが小器用かつ大胆に恋愛できる人間だからではなく、不器用さや臆病さを持つためなのである。それが分かっているからこそ、ジョナサンはポールを責めない。腹は立つけれど、男と関係を持ちながらも家族を慈しむポールを彼は好いている。彼がポールに別れを告げたのは、もちろん彼のために他ならないが、その一方で、ポールのことを想うからでもある。ジョナサンもある意味では、不器用な人間なのだ。そしてそれは、ポールとジョナサンの間に、きちんと愛情があったことの証に他ならないのではないだろうか。
そういうファジーな恋愛を洗練された絵柄で描いているものだから、読み口はサラリとしているし、描写はかなり薄味だと思う。しかし、とにかく小道具の使い方だとか登場人物の手指の描き方が美しく、細かい所作のコマがたまらなく扇情的だったりする。学生時代と現在のポールのおでこの広さの違いすら、とても美しい。
しかし白眉は、学生時代のポールと想い人の別れのセックスシーン。あわや想い人のフィアンセに目撃されるかという緊迫の中達するという描写が大変に扇情的で、非常に萌えました。イギリスのプレップスクールの雰囲気と、過ぎ去った青春を抱えながらも今の恋愛を楽しむ紳士の哀愁を二重に堪能できる作品。