【コミック2位】『オオカミの血族』井上佐藤【ウサギ】

オオカミの血族 (バンブー・コミックス 麗人セレクション)オオカミの血族 (バンブー・コミックス 麗人セレクション)
井上 佐藤

竹書房 2010-07-27


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エリート税理士・塚本の初恋の相手はCMアイドル愛沢シェリー。彼女の写真の入った時計を拾った塚本は、オネエ口調で話す怪しげなショーパブのオーナー・溝口と知り合う。これまでに関わったことのない人種との付き合いに戸惑いつつ、妙な居心地の良さを感じる塚本。やがて、彼は愛沢シェリーの正体を知るが……。
表題作は前作「子連れオオカミ」の子供たちの世代を描いた作品。男夫婦の子育てとか、その息子の懊悩とか、年下男に尽くされまくってほだされるツンデレ受けとか、まあこっちも美味しいのだけど、自分としてのイチオシは同時収録の「sweetie」から始まる三作。もう、井上佐藤は何故こんなにも悪趣味で、真摯で、カッコよくて、胸キュンな作品を描けるのか。
税理士の塚本は、一言で言えば、出来る男。悪人面だし、仕事はできるし、子供の頃の夢よりもまっとうな人生を優先するだけの賢さもある。妻子がいていい会社に勤めて。ちょっと嫌味なくらいに器用な出来る男。一方の溝口は、ガタイのいいゲイ。幼い頃からのあれこれを抱えつつ、マイノリティとしてのアイデンティティを持ち、ふらふらと生きている。
そんな、徹底的に現実的な男たちを、お伽噺の王子様とお姫様のような恋愛モードに持ち込んでしまうのが、井上佐藤マジック。初恋の「お姫様」を見つけた王子様こと塚本は、無理難題を言う溝口に尽くしまくり、やがて心の氷を溶かされたお姫様は美しい乙女の姿に……なんてことはないものの、その乙女心を射抜かれてしまうわけですよ。もちろん読者の乙女心も狙い撃ち。
はっきり言って、塚本は愚か者です。恋のために家族も仕事も捨てて、その相手はといえばマッチョなゲイだし。省みてもくれない相手のために尽くしまくり。それでいて、それ以外は出来過ぎなくらい男前。妻子を捨てた自分を「最低だ」と言い切り、溝口の本性を知っても「愛している」と宣言するこの男らしさ。ちょっと腹黒なのもまたいい。かと思えば、子供のように無邪気な目で初恋相手のことを語り、エロシーンになれば存分に乱れ。素晴らしきかな、男前受け。そう、悪人面して受けなのですよ。出来る男が恋に溺れて、しかも受け。これぞ究極のギャップ萌えではないでしょうか。
そして決め台詞「(これまで築き上げた物は全て失う自分だけれど)どうか側において欲しい。出来るだけ君が幸せに暮らせるように努めるから」ってこれで絆されなきゃ嘘でしょう!
まさに性別も立場も超えた「愛」としか言いようのないものを見せつけられた一作でした。