【コミック4位】『Chance!』河井英槻【アリス】

Chance! (ディアプラスコミックス)Chance! (ディアプラスコミックス)
河井 英槻

新書館 2009-11-30


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夏の日に、九条はある上級生に一目惚れした。水泳部の罰走をしていた九条の元にあらわれた彼。印象的な表情に目を奪われたのだけれど、彼はすぐに消えてしまった。彼は水村と呼ばれていた。しかしそれ以上のことがわからない。意を決して上級生のクラスに彼のことを探しに行っても見つからない。そして水泳部の練習中に彼が現れたとおもったら、またすぐにさってしまった。つかみ所のない彼の存在。
一方水村も、密かに九条の存在に救われていた。水村は駅前の商店街に唯一残ったポルノ映画館が実家だ。水村の祖父が始めた映画館は、街の健全化の為に立ち退きを迫られていた。そしてそれに従って繰り返す嫌がらせは、映画館のみならず、水村自身の身にも起こっていた。水村は小さな賭をする。誰にもしらない水村だけの賭けだ。偶々見かけた街角のテレビでうつる、試合中の九条の姿。彼が勝てば実家は潰れない。そして誰よりも早く九条はゴールした。
どうしても捕まえきれなかった水村が九条がようやく捕まえたとき、向かい合ったふたり。そんなに探して何か用だったのか?そんな風に会話をかわすふたりだった。眩しい夏の光にあふれた風景に、「友達になろう」という言葉さえうれしくて泣いてしまいそうになる。しかしふたりの距離は友達というにはおさまりきれなくなる。いやがらせで暴行される水村を助けた九条は、路地裏でキスをしかける。そのキスがなんだったのか聞けない水村は、これは恋だと想う。しかし想いが通じたつかのま、水村の実家は取り壊されて、水村は九条になにもいわないまま姿を消してしまった。
夏という季節の中で、高校生という人生の中でもっとも感受性豊かできらびやかな時間を、鮮やかに描いたのがこの作品。独特なイラストの描線や、フォントの使いかたなど、個性的な画面が目を引きます。端正なイラストは色気など感じさせないようであるが、にじみ出すような透明感があり、多感な時期のモノローグとあわせて、鮮やかな極彩色を感じさせます。
街で唯一残ったポルノ映画館という水村の実家。そのモチーフが過ぎ去った時代を想い浮かばせる郷愁をもっていて、魅力になっています。そしてそのポルノ映画館を存続させていく家族の話というのが裏のテーマになっているんぢゃないかと感じました。ポルノ映画館をやると言い始めた祖父と、死んだ祖父のことを想いながら映画館の運営を続ける祖母、そして祖父に映画館を継いで欲しいといわれていた水村と、三人の想い。隠れたその想いが、物語の強度をあげています。