【小説1位】『匣男』剛しいら(吉村正)【ウサギ】

匣男 (プラチナ文庫)匣男 (プラチナ文庫)
剛 しいら
吉村 正

フランス書院 2010-03-10


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「男が好きなんじゃない! お前だから好きなんだ!」「お前がお前だから好きなんだ!」「俺だけを見て欲しい」「傍にいてくれるだけでいい」「ありのままの俺を見て欲しい」BLではありがちな台詞だけど、正味なところ、面と向かって言われたら重いと思う。ウザいと思う。誠意を感じるというよりは、胡散臭いだろう。嘘でもいいから美点を言い繕えよ、という気がする。
イデアとしての恋愛はさておき、真顔でこんなことを言うひとがいたら、それはもう恋愛というより依存だろう。無条件で愛を注ぐ対象への依存、無条件で愛を注いでくれる存在への依存。というわけで、寸分の隙もなく、完全に共依存に陥っているカップルの物語が、本作『匣男』
旧財閥の跡取りで、大学卒業後系列会社の副社長に収まった藤島風宮。彼は閉所愛好症だった。物理的にも精神的にも、閉じられた空間を好む風宮は御曹司としての生活に拠り所を見い出せず、精神をすり減らしていた。そこに、数年前に渡米した幼馴染み葦原祐一朗が帰ってくる。風宮の秘書となり、風宮の全てを支配し始める祐一朗。彼の執着の中で風宮は自らのかたちを取り戻していく。
タイトル「匣男」はまあ、言うまでもなく某ミステリ作品を意識しているものと思われる。しかしその閉所愛好という性癖を単なるネタとしてではなく、ストーリーやプレイにしっかり活かしているのが作者の実力。最も象徴的なのは、何度も描かれるシーツにくるまれた状態での行為。大きな布にくるまれ、祐一朗と繋がる部分だけを露出して行う行為は、エロティックでありながら、儀式めいたものを感じさせる。エロスとタナトスが同居する儀式。その行為を通して、風宮は何度も産まれなおし、そのたびに自分の輪郭を取り戻していく。
一方の祐一朗は、白人の血が入った美形で、アメリカの大学を出た優秀な頭脳も持っている。秘書という立場につきながら、風宮を操り、会社を立て直すだけの実力もある。しかし、何不自由なく、どんな相手でも選べるはずの身でありながら、風宮に執着し、奉仕し、追いかけているのは祐一朗だ。恵まれた環境で育った祐一朗は、風宮との歪な愛の中でやっと現実を感じられる。そのことに気付いたとき、自分が祐一朗を、自分にとって必要なものをおびき寄せたのだと風宮は言う。
実は結構いろんなこと(会社の机の下でとかスーツケースに閉じ込めてとか教室のロッカーでとか)をやっちゃってるんだけど、全てがストーリーの構成要素になっているのが秀逸。作者を再評価した一冊でした。