【小説2位】『金曜日の凶夢』夜光花(稲荷家房之介)【ウサギ】

金曜日の凶夢 (ガッシュ文庫)金曜日の凶夢 (ガッシュ文庫)
夜光 花
稲荷家 房之介

海王社 2010-07-28


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青年、酒元良麻は世界的に有名なバイオリニスト紀ノ川滋に近付くため、彼の教え子になるための試験を受ける。紀ノ川の想い人に似せた顔、完璧な演奏、確実に紀ノ川に気に入られるはずだった。しかし、紀ノ川は良麻を歯牙にもかけず、落としてしまう。その後も紀ノ川に近付くための努力を重ねた良麻は、やがてチャンスを掴み、一時的に彼のマネージャーを任される。だが、紀ノ川は良麻の思い通りには動いてくれない。やがて、良麻の挙動を怪しみはじめる紀ノ川。彼に問い詰められ、ついに良麻は自らが未来から送り込まれた監視役だと告げる。
舞台は、過去に何らかの時間操作が行われ、本来あるべき歴史とは違ってしまった世界。良麻のいた未来では、ズレてしまった歴史全てを抹消することも可能だったが、あえてその世界を末梢せず、なるべく従来の歴史との相違を少なくするために、良麻を送り込む。
ちなみに、ここまで分かるのはやっと半分を過ぎた頃。前半では良麻の正体は良麻のちょっとした回想と紀ノ川との会話くらいでしか語られない。良麻の正体と目的という謎は、紀ノ川だけではなく、読者をも先の読めない物語の世界に巻き込んでいく。
また、良麻の謎だけではなく、紀ノ川の行動も物語を掻き回していく。実は相当な変人である紀ノ川は予想のできない行動ばかりを取る。そんな紀ノ川が恋に落ちるまでの展開、そして紀ノ川と良麻の未来の行方も見所だ。
SFとしては、未来からの干渉によって起きるタイムパラドックスや、分岐してしまった歴史を良麻たち未来の存在がどのように認識しているか、といった部分が気になるところだが、まあ、BL なのでそのへんは詳しくは語られない。だが、断片的に語られる背景から推測するに、未来の人類(かそれを管理するものたち)は時系列を超越した視点を持ち、他の分岐した世界にも別の「紀ノ川」や別の「良麻」がいるようだ。個人的には「タイムトラベル」じゃなくて「タイムリープ」なところや、ディストピア的未来と現在を対比する要素として音楽を用いている部分がツボ。
ネタには光るところがあるものの、どこか上滑りする作品を書く作家、というイメージがあった夜光花だが、最近は文章力・構成力ともに実力が伴ってきたようで、完成度の高い作品を書くようになってきた。物語のバックグラウンドがしっかりしているので、恋愛パートも安心して読むことができる。作中で語られる歴史を変えたタイムリープについては、シリーズ前作『水曜日の悪夢』で語られているが、今作だけでもまったく問題なく読めるのでご安心を。設定と展開の妙を味わって欲しい。