【小説3位】『あめの帰るところ』朝丘戻。(テクノサマタ)【アリス】

あめの帰るところ (ダリア文庫)あめの帰るところ (ダリア文庫)
朝丘 戻。
テクノサマタ

フロンティアワークス 2010-09-13


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この作品は三部構成になっている。「先生へ」という高校生・千歳の視点で語られるふたりの出会いとその関係が深まっていくさまを。「きみの中、飴がなく」では千歳の予備校の講師であり恋人である能登の視点から、記憶のなくなった千歳との関係についてを。「そしててのひらに月曜日の鴇色」では、もう一度思いを繋ぎなおしたふたりの幸せを、描いて居る。
千歳の能登の恋愛関係を描いているその様子は、普通の恋愛小説のように、ゆっくりと恋愛が展開していく様子が描かれている。萌えポイント、というようなキャラ萌や属性萌があるわけではない。単純に誠実に、唯恋愛のことだけを苺がジャムになる間ぐらいの根気良さで描かれている。それが朝丘戻。のひとつの特徴。
勿論それなりにテクニックだってある。毎回これと決まったエッセンスが効いているのだ。今回であれば、千歳の記憶喪失、それだ。記憶を失って、愛し合った時間も一緒に過ごした時も、交わし合った言葉もなくしてしまった千歳。最初、能登は千歳のことを拒絶する。「僕の恋人のあめちゃんがいない」と。能登は千歳の名前から、千歳飴を連想して、彼のことを「あめちゃん」とよんでいた。ひとの名前を覚えない彼が、真摯に自分のことを叱ってくれた自分に話かけてくれた子に大して、つけた呼び名だった。それを記憶がなくなった千歳は、「あめちゃんがいない」という。そして同じ顔で同じ表情で話書けてくる彼を、ちぃさんと呼ぶことにした。頬にふれた感触も、声も目も、「あのこ」なのに、「あのこ」ぢゃない。思い出す情景のなかの幸せな記憶。未だに残っている「あのこ」のカケラは、彼の中にはみいだせない。絶望的にあのこのなかに「あのこ」がいない、あめちゃんはいない。だからちぃさんを一ヶ月看取って、能登は「あめちゃん」を埋葬することにした。
しかし千歳のなかの「あめちゃん」は確かに存在した、能登のことを恋しく想う気持ちは残っていた。食い下がったのはちぃさんだ。どうしても離れたくないと。
 そしてそういったエッセンスを支えるのは、細かなアイテムやシーンの重ね方。朝焼けを見てかわした会話ノキーワード、鴇色。千歳の愛称の、「あめ」(これはタイトルでもある。そして良く読めば「先生へ」という章では、記憶喪失でいなくなったはずの記憶を持った千歳(あめ)の視点での回想が入っています。もう一度頭から読み返すと、その部分が効いてきます。そういったちょっとした仕掛けも、読んでいて気付くとはっとさせられる部分です。