【コミック9位】『子連れオオカミ』井上佐藤(バンブーコミックス)【やばい】

子連れオオカミ (バンブー・コミックス 麗人セレクション)子連れオオカミ (バンブー・コミックス 麗人セレクション)

竹書房 2009-01-27
井上佐藤

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子持ちのバツイチ同士で隣の部屋、仕事では取引先。BLならば恋に落ちる条件は十分すぎるほど揃っている。最初の夜に意気投合して、一週間後にはお互いの弱みを見せ合って、恋人同士になって。しばらくしたら片方が在宅勤務になったりして、二人で子供を育てていこうと笑いあう。
だが、井上佐藤の描く恋はそう簡単にはいかない。どちらにも父親としてのモラルと矜持がある。簡単に男なんかと恋に落ちるわけにはいかない。子供を言い訳にして逃げてみたり、デリヘルで呼んだ偽彼女で張りあってみたり。なのに欲望だけは正直で、逃げられない。少しずつ、少しずつ、捕まっていく。そんなねっとりとした空気が描かれる。それがどうしようもない恋だと気付いた瞬間、一人は腹をくくり、一人は子供のことを考えて躊躇して逃げを打つ。成長していく子供の未来が、恋に待ったをかける。当たり前の遠回りをきちんと描くところがいい。
同時収録の「ララルー」「チムチムチェリー」も一筋縄ではいかない恋。会社社長とキャバクラのマネージャー、マネージャーは社長さんのお気に入り。女遊びには慣れきった二人が、気付いたら恋に落ちていて、誘惑するのもされるのも慣れきった二人なのに、この恋だけは思いどおりにいかない。ムズムズ感がたまらない。遊びなら簡単だけど、ずっと一緒に居たいから、刹那の恋に流されることを躊躇する。それなのに自覚してしまった「好き」はジリジリと増して行く。
思うに、この作家の描く恋は最初の恋でも最後の恋でも無いのだ。過去もあれば未来もある中での一つの恋。だからこそ逃げもすれば誤魔化して別の恋に行こうともする。男性作家であるといこうことも関連しているのかもしれない。子持ちバツイチ会社員の矜持や、登場人物が過去の自分の恋愛を狩りのようだったと振り返るシーンなど、他の作家の作品にはあまりないような描写が不思議に印象的でリアルを感じさせる。
また、井上佐藤の特徴はキャラクターの目と視線。熱のこもった狩るような視線も冷たい視線も質感が感じられる。例えば「もの欲しそうな顔」。表情ひとつでねっとりとした空気感を表現してしまうのがすごい。きちんと肉の付いた身体にも色気がある。それでいて生々しすぎないのもポイントが高い。


ちょっと褒め過ぎかな。でも好きな作家さんなので。ありがちなシチュエーションに独特な展開を加えた表題作も、滅多に無いシチュエーションの同時収録作も、ベスト10にふさわしいと思います。