【小説2位】『寄せては返す波のように』六青みつみ・藤たまき(絵)(ガッシュ文庫)【アリス】

寄せては返す波のように (ガッシュ文庫)
寄せては返す波のように (ガッシュ文庫)藤 たまき

海王社 2009-05-28
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おすすめ平均 star
starひたひたと心に愛が満ちていく
star「可哀想なエリィ」救済編
star心があたたまる♪

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エルリンクは自分の大切にしていた養い子とそっくりの青年をみつけた。瞳の色やそばかすがあるところは違うけれど、背格好や髪の色はそっくりだし、瞳の澄んでいるところが小さい頃の彼を思い出させた。だからエルリンクは彼、ルースを自分の地位を利用して、話相手をすることにさせた。

ルースには記憶障害がある。一時間以上前のことを忘れていくのだ。ルースの日常は、自分のことさえ忘れていく危うい均衡の上にある。ルースは自分にやさしくしてくれるエルリンクのことがたちまち好きになった。けれどもエルリンクと会うときには、覚えておくべき大切なことを書き記すメモの携帯が認められない。どんなにエルリンクのことを好ましく想っても、一時間すればルースは忘れてしまう。日常を書き留めるメモの頁には、空白の部分が目立つようになる。それはエルリンクの「命令」によってルースとエルリンクが話をする時間。いつだって「はじめまして」で始まり忘れ去られる時間。それは何度も繰り返し、空白はルース自身がこのとき何があったのか疑念を持つほどになる。そして忘却の水底に翻る銀色がちらつく。エルリンクの髪は綺麗な銀色なのだ。


エルリンクは頑なにルースを養い子の名前でルースをショアと呼び、養い子と同じようにルースにエリィと自分のことをよばせる。やがてルースの「はじめまして」の相手なのに傷を癒そうとしてくれる懸命な優しさに、エルリンクの箍ははずれてしまう。

忘却と恋慕はどちらが強いのか。エルリンクが徐々に身代わりからルース自身に心を開いていく様子と、ルースの忘却にも負けずエルリンクを想う心、それが丁寧に書かれている。なんどもすれ違いを重ねる真っ直ぐにいかない恋模様。じりじりとした、けれど確かに互いを思う気持ちが、とてもいい。特にルースの辛抱強く一途なところ。自分本位で身勝手なエルリンクの振る舞いは好き嫌いがわかれるかもしれないが、それを包み込むルースの柔らかい心に魅了される。「寄せては返す波のように」何度も繰り返す逢瀬で刻まれた銀色にきらめく波頭を受け止める、大地の柔らかさだ。

自分の好きな人には好きな人がいて、自分は期待してはいけない。毎朝起きる度に繰り返すルースは、自分の哀しみをおしてエルリンクのことを考える。自分自身への伝言として毎朝それを確認するルースは、何度同じ痛みを耐えたのか。好きなひとを想う喜びとそのひとに好きなひとがいる苦しみを一度に味わうっていうのは一回でも辛いのに、忘れるとはいえ繰り返すなんて。


ボリュームはBLとしてはちょっと多めですが、その分長く楽しめます。買ってくるとき「なるべく厚いやつ」というBLをあがなうにふさわしくない命題で買ってきたのですが、当たりです。この厚さが、ふたりのじれじれ感の現れで、幸せへの道なのです。

やはりポイントはルースの記憶障害でしょうか。繰り返す感情の動きというのは見てるこっちが堪えてくる。エルリンクはけして他人の気持ちに敏感で気の利くひとではないので、同じところをぐるぐるしているふたりにじれったいやらいとおしいやら。

とても良いセンシティブ系小説でした。2位です。