『愚か者は赤を嫌う』えすとえむ

愚か者は赤を嫌う (mellow mellow COMICS)愚か者は赤を嫌う (mellow mellow COMICS)
えすとえむ

宙出版 2008-01-31


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表題作は闘牛士アロンソと、牛の解体屋・マウロの情熱的な愛を描く全三話の佳品。
ここで面白いのは、アロンソが赤い衣装のため「赤の闘牛士」と呼ばれているのに、マウロは赤緑色盲のために赤い色が認識できない、という設定である。これは、牛と同様に赤が認識できないマウロが、アロンソにとって同じ存在であることの証である。
今までの人生で、牛――しかも殺す対象としての牛――しか相手にしてこなかったアロンソは、マウロもまた倒すべき対象として見てしまう。偶然出会った彼との絆を深めるうち、アロンソは彼を殺してしまう悪夢に苛まれるようになる。また、今まで闘牛という死と隣り合わせの競技に身を捧げながら、守るべきものがないために死の恐怖を感じたことがなかった彼は、恋人を得ることで死に対する恐怖に目覚めてしまう。彼はそれまでの栄光も虚しくスランプに陥り、試合中に大怪我を負ってしまう。
しかし彼はふとした思い付きから牛の出産に立ち会って、それをきっかけに変化していく。闘牛場で対峙する牛は、どちらかの死を前提としていたが、そこにいるのはこれからそれぞれの生を生きていく仔牛だった。朝日の光の中で草を食む彼らを見たアロンソは、死と生の二面性を持つものとしての命を実感していくようになる。アロンソのスランプ脱出を予告するマウロの確信ありげな言葉で物語は幕を閉じる。
ここで、白黒でしか物語を認識できない僕たちと、マウロの視界は重ねあわされているのは明らかである。彼の赤緑色盲の事実を知ったアロンソは、真っ黒な衣装で闘牛に臨み、まるで喪服のようだと囁かれる。しかしもちろん白黒のマンガなので僕たちにはどちらもほとんど同じに見える。ここでアロンソの衣装の赤を認識できないマウロの気持ちは、モノクロの絵であるがゆえに赤と黒の違いを認識できない僕たちのもどかしい気持ちに近いものとなっているはずだ。
それでも白黒の画面の中で、衣装や花の赤は、常に血とともに死の象徴として印象的に描かれており、単に黒でしか表現されない赤が、読むうちにまるで実際に赤色を見ているようなオーラを発して生々しく迫ってくるのは流石である。
この作家の場合、ほかの作品を見ても、作中を通して同性愛そのものへのタブーはほとんど意識されず、ただいかにして相手の心を射止めるかがテーマとなる。そのため、BLに慣れない読者は置いてけぼりを食った気分になるかもしれない。逆に同性愛という要素をあまり気にしないで読めるかもしれない。それは人それぞれだろうし、ダビデ像のように彫りの深い描写も好みの分かれるところだろう。全体に『ガロ』のようなマイナーコミックの趣を持っているため、その系統の作品が好きな人には薦められるだろう。BLよりもむしろマンガという表現形態の奥深さを知ることができる一冊。