『恋のまんなか』松本ミーコハウス

恋のまんなか (ミリオンコミックス 17 Hertz Series 52)恋のまんなか (ミリオンコミックス 17 Hertz Series 52)
松本 ミーコハウス

大洋図書 2008-11-29


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表紙を見るといかにも少女マンガっぽい印象で気後れしそうだが、中身はそうでもなく、繊細な線や光が魅力的である。レビューの四作中では、男子に最も読みやすい作品ではないだろうか。実際外原氏のランキング再集計では、有識者の選んだBLの中ではトップクラスに入っているようである。
 気弱な優等生・一之瀬が不良生徒の松原に悪の道に引きずりこまれるところから物語が始まる、高樹のぶ子光抱く友よ』の少年版のような話。その後の展開も、松原の支配下にあった一之瀬少年が逆に相手を支配し返していくという、一見よくある話である。だが本作はそこから逸脱していく部分も存在する。
 まずは優等生の一之瀬。『おおきく振りかぶって』の主人公なみに気弱な彼は、元々好きだった松原に声をかけてもらったことで有頂天になり、導かれるままに悪の道へと入っていく。 周囲に遠慮していて、松原の言うことを何でも聞いてしまう彼は、しかし徐々にその心の底にあった松原への独占欲をあらわにし、自分の意志を持つようになっていく。
 そして不良少年・松原。バイセクシュアルである彼は、男女ともに惹きつける小悪魔的な魅力を持ち、世慣れた風情で飄々と生きていく。しかしその心の奥底には誰にも見せない傷がある。最初はいいようにからかってやるつもりで一之瀬に接近した彼は、一之瀬の新鮮な純粋さに触れる中で、陰のある表情を見せるようになっていく。二人は衝動的に旅に出て、互いの気持ちを確かめ合うことになる。
 だが、二人の幸せの裏には、絶えず崩壊の予兆がちらついている。一之瀬は、母親が周囲から心を閉ざして彼を溺愛しているため、そこから逃れることができないことを、そして松原は、父親が彼を養う能力がないため、いずれ施設に入らなければならければならないことを、運命として悟っている。そんな二人がすべてを捨てて二週間の旅に出たことで、今まで目を背けていた歪みが限界を迎える。
 それ以降の物語は一見中途半端に終わってしまうように見える。旅の終わりに互いの気持ちを確かめた二人はそのことで救われ、二人きりの世界に逃避してしまう。エピローグと後書きには、一之瀬と松原のみならず彼らの家族もまた幸せに暮らす未来が語られる。恐らく読者の誰もが予測する悲劇は永遠に訪れない。ちょっと拍子抜けしてしまう。
 すべては一之瀬のほとんど天使のような包容力ゆえである。彼はあたかも『旧約聖書』のヨブのように、他者の自分への気持ち――善意も悪意も総て――を受け容れ相手と一体化してしまう。一之瀬とともにいる限り、もはやいかなる物語も彼らを傷つけることはできない。実は真の悪魔は松原ではなく一之瀬の方だったことは、ここまで来れば明らかである。その意味で母もまた、一之瀬の犠牲者だったのだろう。
 それはとても純粋で、しかしそれゆえに病的な愛である。
 個人的には、ぜひとも一読をすすめたい。